氣食暦

氣食暦(9)

~秋土用~

 寒露も終わり、霜降の候に入る頃から立冬にかけての18日間、秋の土用となる。秋の氣から冬の氣への移行、冬に向けて体内の氣候を調整していく時。

大気は乾燥が進み、気温の変化も朝晩と日中の差が大きくなり、喉や鼻の粘膜や、皮膚が乾燥し、肌荒れ、呼吸器のトラブルも起こりがち。この土用の間に胃脾をいたわり、呼吸器と大腸の働きを調える工夫が大切。

 胃脾の負担を軽くし、と同時に臓器への氣・血・水の巡りを良くする氣食として、種々の薬粥をお勧めしたい。中でも、生薬名海松子、松の実の粥と、大豆の茶飯をご紹介しよう。

松の実粥は、棗(生薬名:大棗)の煎じ汁で粥を作り、炊きあがり直前に松の実を入れ、火を止めて蒸し炊きする。

海松子は、体を潤し空咳、便秘を改善。滋養強壮効果、老化予防、肌をきれいにする効もあると云われている。漢方では、氣虚、血虚、陰虚、瘀血に用いる。五味五性は、甘にして微温。帰経は、肺、肝、大腸。

大豆の茶飯は、先ず大豆を弾けるまで炒っておく。ほうじ茶を煮出し(余り濃くなく)、それで米、先の大豆、塩少々を入れ、炊く。炊きあがったら、ちりめんじゃことゆず七味を油で炒めたのを加え蒸らし炊きする。米だけでも良いが、私は手に入るときはもち米を若干加える。

茶飯は、いにしえ奈良の東大寺や興福寺の僧侶たちが、米に煎り大豆、小豆、雑穀を加えて茶粥にしたものが始まりと云われている。

大豆の五味五性は、甘にして平。帰経は、脾と大腸。漢方では、氣虚、血虚、水毒、痰飲、瘀血の証に。消化不良や、疲労回復に効。また、大豆に含まれる女性ホルモン様の機能をもつイソフラボンの働きで、美肌作用、更年期障害、骨粗鬆症の改善も報告されている。  樹遷 記

氣食暦(8)

~菊枕~

 前回、菊の節句(重陽の節句)の文章を書き終え、ふと思い出した事がある。

旧暦に則った二十四節気の寒露次候には「菊花開く」と。新暦で云えば、十月十三日から十七日辺り。

 菊は、薬草として奈良時代に中国からもたらされたと云われている。前稿では、菊酒について触れたが、今一つ「菊枕」というものもあったと思い出した。

 重陽の日に、菊花を摘み、乾かして枕の詰めものにする。この枕をしてやすむと夢に愛する人が立ち現れると言い伝えられ、思い合う女性から男性に贈られたと言う。そんな物語をしながら、母がこの時季、枕に干した菊花を詰めていたのを思い出した。

 この時季、北の海ではハタハタが旬であろうか。初めて東北を旅したのはこの頃であった。九州生まれ、九州育ちの若者にとって、東北の全てが目新しく、中でも初めて味わったハタハタ、ぶりこの味わいは半世紀以上経った今日でも鮮明に蘇ってくる。

しょっつる鍋は、材料が手に入らぬ地域もあろうが、季節の野菜、根菜類をたっぷり入れたけんちん汁は、正にこの時期の氣食と言える。栗おこわにカブの塩もみ漬けなども添えると食卓に秋の風物詩が。

秋の五色・五味は、白(北原白秋の雅名はここから来ている)、辛味。汁物に、ゆず唐辛子や、ゆず胡椒を好みでそえるのも。

 栗についても触れておこう。

栗の五味五性は、甘にして温。帰経は、脾、胃、腎。漢方では、氣虚、血虚、瘀血の証の方にお勧めする。加齢による足腰の弱り、頻尿、耳鳴りなどの改善をもたらすとされている。鶏肉と会わせ調理することで滋養強壮の効を高める。参鶏湯(サムゲタン)は、正にこの組み合わせとなっている。

 もはや、季節の過ぎた地域もあろうが、アケビについても触れておきたい。

アケビの皮の詰めものである。季節のキノコとネギの小口切り、ゆずとショウガのみじん切りを味噌油炒めに。これをアケビの皮に詰め、たこ糸などでしっかり縛って油で揚げる。これを適宜輪切りにして、好みでゆず胡椒などつけて。

作りたてより、日を置くと味が落ち着いて風雅な秋の一品を楽しめる。

アケビは、漢方生薬としては、茎を乾燥させたものを「木通」といい、他の生薬との組み合わせにより、利尿、抗炎症、排膿などの働きをする。具体的には口内炎、咽喉部の炎症に効果がある。利尿作用に優れ、急性尿道炎に用いられる。食医のレシピとしては、母乳不足に、豚足と木通のスープという処方がある。漢方処方には、通導散、五淋散、消風散、竜胆泻肝湯など。  樹遷 記

氣食暦(7)

 *この記事以降、大分以前に書いたものだが、諸事情により掲載が遅くなり、季節遅れになってしまったが、二十四節気の流れを大切にここに掲載します。

 ~草露白し~

 早、白露の季節となった。

「つゆの世はつゆの世ながらさりながら」、この季節になると小林一茶のこの句が心に浮かぶ。

長い旅から戻って眠れぬ夜、澄み切った秋の夜空を見上げてひとときを過ごした。そういえば、もうすぐ中秋の名月、旧暦の八月十五夜となる。

九月九日は「重陽の節句」で、早や過ぎたが、もっとも旧暦九月九日は新暦では十月中旬頃である。節句と氣食について触れておこう。

古代中国では、奇数は寿福をもたらす陽数と考えられていた。五節句(また五節供とも)は、一月七日(人日)、三月三日(上巳)、五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)となるが、一番大きな陽数「九」が重なる重陽の節句をもっともめでたい日、寿福を授かる日とされた。この日には邪気を祓い寿福を願うため、菊の花を酒に浮かべて「菊酒」を頂く。

因みに、各節句には季節の薬草をもって邪気を祓い、いのちを調える習わしがある。人日の七草、上巳の桃やヨモギ、端午の菖蒲、七夕の瓜、そして重陽の菊花。その菊花は、いわゆる食用菊とは異なる品種だが、漢方の生薬として、野生のシマカンギクや、栽培種の小型の白い菊花の頭花を乾燥させたものが、清熱、炎症を鎮める、充血を取り、かすみ目やのぼせ、頭痛、眩暈などに使用される。漢方処方としては、釣籐散などがある。

 さて、菊花は各地でどのように食材としてお使いだろうか?

菊酒以外では、酢の物にして召し上がる方が多いのではないだろうか。

今年の様な暑気厳しい夏、残暑も続くこの頃には、熱々のウーロン茶に菊花(生薬の)を一つ浮かして、それをふーふーしながら飲んでみられるのも良いかも知れない。体内の熱が取れ、爽やかな気分になられるだろう。

樹遷 記

氣食暦(6)

~処暑の候~

 今年の夏は、低温の日々に始まり、急に全国各地で35度を越す高温の日々となった。連日、熱中症で搬送された人数がニュースとなる事態だったが、実際には昨年に比べ高温日数は少ないそうだ。にも関わらず、昨年よりも体感的には暑さを感ずるのは、低温の日々から徐々に高温に推移し体が慣れる前に、急激に暑くなった為と思われる。

 こうした今年の夏の気象状況、旧盆も過ぎ、間も無く処暑を迎えるが、夏バテの諸症状はこれから現れてくる方々も多いだろう。

 食欲も落ち、夏の火照りも中々抜けない状態の方に、日本各地にある冷や汁をお勧めしたい。これは、各地の風土が産み出した美事な氣食と言える。

 今回は、その中でも北薩摩の冷や汁をご紹介しよう。

 4人分として

材料:核を取った梅干し4~5個

   麦味噌 大さじ2

   キュウリ1本

   青じそ適量

   麦ご飯適量

作り方:

すり鉢で味噌と梅干しを良くすり混ぜ

薄切りキュウリを加え、氷水2~3カップを注ぐ。

薬味に青じそを麦ご飯に載せ、前述の汁をかける。

好みで、すりごまをふりかける。

さっぱりとして食が進む事請け合いである。

 更に、疲労回復に沖縄の「たふぬあんだみす」もご紹介しよう。

タコの甘辛味噌油炒めである。

 4人分として

材料:ゆでダコ 120~150g

   植物油 大さじ1/2

   味噌 大さじ1/2(好みの味噌を)

黒砂糖 小さじ1程度

青ネギ 4~5本

作り方:

タコは食べやすいサイズに

油を熱し、タコを軽く炒め、味噌、黒砂糖を絡めて更に炒める

3~4cmに切った長ネギを加え、火を止めて余熱で仕上げる。

タコは、疲労回復物質タウリンが豊富であることは知られているが、東洋医学では、気や血を補い、脾や肝に働き、滋養強壮。肝機能を高め、コレステロール値、血圧を下げ、動脈硬化予防の作用。また、血虚の証の改善、貧血などの改善ももたらすとされている。

尚、タコの五性は涼、五味は甘・醎、帰経は脾、肝。

 以上、夏バテ解消のお役に立てば幸いです。   樹遷 記

氣食暦(5)

 ~夏越しの祓え~

 通りすがりの路傍の垣根から、向日葵(ひまわり)がのっと顔を出し、日の陽気を満面に湛えていました。間も無く夏の土用、一年の暑さ極まれる日、大暑の頃となります。この土用の頃の新月前に夏越しの祓えの行事が各地で行われます。古来、先人は夏至から暑さ極まるこの夏の土用(大暑の頃)、一方冬至から寒さ極まる冬の土用(大寒の頃)、この時季をそれぞれ一年の折り返し点として意識して来たようです。夏越しの祓えの行事も、年前半のけがれを祓い、後半期の予祝とする習慣だったのでしょう。

 何気なく行っている、お中元、お歳暮、暑中見舞い、年賀状もこの節目に、無事を祝い、健康や幸せを予祝する風習が残ったものかも知れません。

「土用」は、四立(しりゅう)、立春・立夏・立秋・立冬の前、約18日間ずつ、前の季節が極まり次の季節に転ずる時季。この時季に「体の季節」のずれを調える機会でもあります。

 夏土用、いわゆる夏バテが出やすい時期。外気との温度差の大きな冷房にあたり過ぎたり、冷たいものの摂りすぎで、体に冷えが溜まると、胃脾の機能が落ち、消化吸収機能が衰え、体力の消耗、だるさ、つかれ、などの夏バテ症状が出やすくなります。

 ここで、夏土用の氣食の要点を記しておきましょう。

漢方医学の考え方では、夏の氣に感応する臓腑は、心と小腸です。これらの臓腑に対応する五色五味は、赤・苦です。苦みのある野菜、にがりを含む天然塩、赤い色の野菜、食材を。

一方、土用は正に土の氣が盛んになるとき。土の氣に感応する臓腑は脾と胃です。五色五味は、黄・甘。黄色にして、自然の甘みを備えたさつまいもや、カボチャなどはその代表例ですね。因みに、土の五味は甘ですが、精製糖などの強すぎる甘は、むしろ胃脾の氣を損なってしまいます。あくまで、自然な甘みを。そこで、夏土用にお勧めな飲み物が、梅干し甘酒です。

*梅干し甘酒:麹甘酒に、核を取った梅干しをつぶし、適宜入れ、良く混ぜて。

とても、簡単で、梅のクエン酸などの有機酸の疲労回復効果、更に水分代謝を調え、食欲増進作用もあり、更に麹甘酒の甘みはグリコーゲン。体内で即働き、ブドウ糖、果糖などの単糖と比べると、胃腸に負担をかけません。夏バテ防止には理想的な飲み物です。

 ここで、ドクダミについても述べておきましょう。

既に、白い花を咲かせたドクダミを採集して、日陰干ししている方も有るかも知れませんね。こうして乾燥したものの生薬名は、諸病に効くと言うので「十薬」と名付けられています。

生葉は強いにおいがしますが、このにおい成分には強力な殺菌消炎作用があり、化膿性疾患に外用。

一方、十薬には、利尿作用や緩下作用があります。漢方薬では、最近は余り処方例をみませんが、十薬は五物解毒散に配合されています。

 ドクダミで作るドクダミ酒とでも呼べる発酵液がありますが、これは殊に老人の体力低下、意欲減退に効ありとされ、民間薬として伝えられています。

 薬酒については、いずれ別稿で特集します。       樹遷 記

*これまで、養生塾北陸の集いで行われた氣食のレシピをこの稿の終わりに載せる予定でおりましたが、北陸の集いの方でこれまでの毎回の氣食も含め、編集し冊子にされると言う事になり、本稿には掲載しないことになりました。尚、冊子については、養生塾北陸の集いのホームページにお知らせが載ると思いますので、ご参照下さい。

氣食暦(4)

 ~夏至の候~

 「朽草(くちくさ)」蛍の別名。古人は腐った草が蛍になると考えていたようだ。各地から蛍の便りが。梅雨のさなか。この頃降る雨を大和古語でさみだれ。「さ」は皐月をさし、「みだれ」は水垂れる。五月雨と書くが、現在の6月は旧暦の五月にあたる。この時季、青葉の中にウノハナ、ミズキ、エゴノキ、ヤマボウシなどと白い花が鮮やかに写る。

 もう間も無く、夏至の候。白い花の連想でクチナシの花の香りが浮かび上がってきた。クチナシの花の氣食をご紹介しよう。

 そのまま、天麩羅にするのも良い。だが、花びらをさっと茹でて、酢の物を味あわれることをお勧めする。独特のぬめりが出て美味である。花を乾燥させて花茶とするのも良い。クチナシは、精神不安を和らげ、不眠症や便秘にも功ありと云われている。クチナシの花は、一日花。次の日には枯れしぼむ。目にしたら、早速感謝と共に摘まれることをお勧めする。食卓に季節の恵みが一皿彩りを添える。その夜の安眠も。

 漢方では、クチナシの果実を使う。生薬名:山梔子(さんしし)。充血、炎症、これらによる胸部の苦悶、黄疸などに、他の生薬との組み合わで廣く用いられている。一例を挙げれば、温清飲(うんせいいん)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、黄蓮解毒湯(おうれんげどくとう)などなど。

 花の香りで更に思い付いた。地域によっては、既に花期の終わっている所もあるかも知れないが、スイカズラ(金銀花)の花が咲いているのを見かけられたら、スイカズラの薬酒を仕込まれることをお勧めしたい。忍冬酒と紹介されている事もあるが、漢方生薬名では花は金銀花、茎葉を忍冬と呼ぶ。

 スイカズラの花(日陰干しで乾燥させたもの)100~120gを1.8lの焼酎に。好みで蜂蜜、もしくは氷砂糖50~70g。1ヶ月以上、冷暗所で寝かせる。

薬酒以外には、花の寄せ揚げ。花と若葉、それにアンズ、もし手に入れば棗そしてクルミもしくは落花生を粗刻みしてかき揚げに。

スイカズラの茎、葉がたくさん採集できたら、刻んで天日干し。乾いたら釜煎り茶の要領で、とろ火で炒る。この茶に、乾燥させた花を加え香り豊かな薬茶が楽しめる。漢方では、金銀花は、銀𧄍散(ぎんぎょうさん)、忍冬は治頭瘡一方(ちずそういっぽう)などにその清熱作用を持って配合されている。

  樹遷 記

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氣食暦(3)

~すーまんぼーすー(小満芒種)~

 沖縄で暫しの間、民俗調査や、文化財マップ作成に携わった事から、いつの間にか二十四節気に沖縄の民俗行事を重ねて思い浮かべる事が習慣付いてしまった。沖縄の梅雨は早い。5月のゴールデンウィークには梅雨入りする事が多い。年によって違うが、6月中旬には梅雨明けとなる。丁度この間、小満から芒種の候に当たり、沖縄では梅雨時期をすーまんぼーすーと呼んでいる。因みに、小満から芒種に候の変わる前日の旧暦5月4日の日は、ゆっかぬひーの行事はーりーすーぶが各地で行われる。海神祭のこのはーりー競争の熱気をもって沖縄の梅雨明けがやってくる。

 立夏以降、緑の色も濃さを増し、急速に気温が上がり、次第に湿度も高まってくる。近年、この間の高温は記録的暑さを各地にもたらしている。こうした季節、気候、気象の急激な変動に体内気象がついて行っていない方々を昨今多く見かける。この時季、汗腺の機能がしっかり働き、発汗を促す事が出来ないまま、急激な暑さにさらされ熱中症となる方が後を絶たない。

発汗により、体内に籠もった熱や余分な水分を排出出来ないこうした方々の舌は、大きく膨らんではれぼったく、舌苔は黄色っぽく全体に湿っぽい状態になっていることが多い。もっとも、人間は気象に繊細に応ずる存在なので、梅雨の時季は一般的に舌は湿っぽくはなる。

 こうした、体内の湿熱調整、汗腺機能を活性化させ発汗を促す、体内の余分な水分を取り除くのには、大根、昆布、里芋などが。むくみを生じている場合は、冬瓜、キュウリ等の瓜類、ナーベラー(ヘチマの未熟果)、くうしんさい、小豆、そらまめ、もやし(殊に緑豆もやし)など。また、適度の発汗を促すには、軽く汗をかく程度のウオーキングを習慣にして頂くと良いが、食材としてはショウガ、ネギなど。

 上記の食材を使ったレシピを簡単に書いておこう。

*緑豆もやしとニガウリ(ゴーヤー)の油味噌炒め

*冬瓜とトウモロコシのスープなど

何れも、ネギ、ショウガを薬味に。

湿熱が体内に籠もっている状態の方は、濃い味付けは避け、肉類は控えめに。

氣食暦(2)

~平成を閉じる卯月~

 過日、富山ご出身の養生塾北陸の集いお仲間のご提案で、有志何名かと富山の和漢薬の店を訪ね、そこで供される「薬膳」を味わってきた。

もうあと数日で平成も幕を閉じ、新たな元号の始まるという初夏間近とはいえ肌寒い一日に金沢から車に乗り合わせ、富山市に向かった。

 

「えっちゅうとやまのはんごんたん!(越中富山の反魂丹)」、幼い頃玄関先に大きな黒い鞄に入った柳行李を担いだ男の人がやって来て、母とやりとりをしているのをおぼろげに、その時もらった紙風船と共に覚えている。男の人が帰った後で、母が歌うように「えっちゅう~・・・」と口ずさんだのは今でも耳の底に残っている。

九州には、佐賀県鳥栖の廻国売薬業も識られている。その流れは、今日サロンパスの商品名で知られる会社として残っている。しかし、あの幼い日、福岡の我が家に訪ねて来たのは、確かに越中富山からの売薬さんだったに違いない。

 富山は薬の邦と記憶に刻まれたのは、こんな幼い頃の風景からだろうか。

その富山のある製薬屋さんの営む薬膳料理屋を、氣食を学ぶ方々と訪れたのは、ひとえに世に喧伝される『薬膳』と私たちが提唱する『氣食』にはどのような違いがあるのかを氣食を学ぶ皆さんに実際に体験してみて頂きたいと考えたからである。

 花冷えの中、金沢を出発し、車中様々な話題に花咲かせながら過ごす内、間も無く富山市内堤町通りに面した件の店に到着した。この界隈には、「総曲輪」という名も残っており、かつてはこの北までが富山城の縄張り(設計)の範囲であったのだろうか。また大きな通り四筋ほど南には富山売薬の廣貫堂がある。

 時刻も昼時となり、薬膳を試食する事となった。

漢方の考え方に基づいた、旬の素材を使った体にやさしい料理をとパンフレットにも謳ったものではあったが、残念ながらまたか!という思いを味あわされた『薬膳』であった。

 世に『薬膳』と称する料理がヘルシー志向ブームに乗って広まっている。その多くは漢方薬を使い、また季節の食材を使い形は薬膳の形式を取ってはいるが、多くの場合、料理一皿一皿の氣味のバランスは悪く、美味しくない。何よりも、旬の素材を使っていながら、季の氣に配慮し、その季の氣と食する人の氣の調和に対し考慮不足である。

 無論、治病を目的としたものはさておき、一人一人の氣に応じた五味五性を調えるのは、不特定多数を相手の店では不可能に近いだろう。しかし、大きな季の氣の変動に対し、その影響を受け人々の体内の「気候」がどう変動するかは、虚実陰陽を読み取れば、少なくとも二つの氣味の準備の仕方ができ、おおよその対応は可能である。氣に応じた食は、食する人にとり美味でもあり、食した時点から体内の変化を感じ、健やかな充足感をもたらす。

 養生の薬膳を供する料理者は、少なくとも季の氣を感じ取り、人々の体内気候を推察できる氣の感性を養ってもらいたいものである。

 この「薬膳」を食しながら、かつて出会ったシェフの事を思い出していた。

スイス、ジュネーブで仕事をしていた折り、大きなプロジェクトが一段落した夕べ、フランス人同僚がとあるレストランに案内してくれた。

レマン湖の辺、見渡す限りのブドウ畑を通り、このような所にレストランが在るのかしらんと思い始めた頃、小さな農家に辿り着いた。

 車を降りると何とも良い香りが漂ってきた。この小さな農家がレストランで在ることを香りが告げていた。

 この一夜、語り尽くせぬほど多くのエピソードがあるが、就中このレストランのシェフの印象は今でも鮮やかに心に残っている。

 このレストランにメニューは無い。

私たちがテーブルに落ち着いた頃、そのシェフがテーブルにやって来た。夢見るような淡いブルーの目をし、歌うようなフランス語を話す人だった。ひと仕切り私たちと語り合ったあと、彼は厨房に姿を消した。その後、アペリティフに始まり、デザートに至るまで、その晩餐は快い驚きの連続であった。

 食卓の一人一人の料理、食味、香りが、その人が食べたいもの、食べて快くなる配慮がなされていた。

シェフは、あの数分間の私たちとの会話の間に、一人一人の必要としている、望んでいる食材、食味、香り、色合いを見極めていた。

氣の世界から、付け加えるなら、彼は更に季節、気候、その人の体内気象まで感じ取っていた。これは、食後、全ての他の客を送り出し、私たちのテーブルに秘蔵のアルマニャックを持って、失礼でなければ、あなたともっとお話したいと彼がやってきて話す内に知った事である。

正に、「氣食」の世界である。彼の下には、ヨーロッパ中から既に他の店でシェフをしていた若者達が修行に来ていた。

ブドウ畑に埋もれるような小さな農家に、ヨーロッパの食の智恵が詰まっていた。

氣食暦(1)

~きしょくのいい話~

 「立春の候」

 古代中国黄河中流域に住んでいた人々の智恵『二十四節気』は、春分点を起点として、地球が太陽を巡る一周360度を15度ずつに24等分し、おおよそ15日間の区切りで各気の自然の推移を示す工夫がなされています。更に、この24節気を約5日毎に区分した72候で、細やかに気象や動植物のいのちの移ろいを感じ取れる様に編まれています。

 日本には、6世紀頃朝鮮半島の百済を経て、この暦が伝来したと云われていますが、黄河流域とは異なる気候風土の日本の実情に合わせ何度か改訂され、また二十四節気七十二候を補い、より日本の気候風土、人々の暮らしに寄り添った日本独自の『雑節』(節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日)も加えて、今日でも季節の目印として私たちの生活の中にも息づいていますね。

 私たちの体の中でも、この24節気のいのちの移ろいは起きています。

新たな季節の変化に備え、また季節の推移に体の季節変化がついて行っていない時は、その微調整をするのに『氣食』の智恵があります。

食をもって、わたし達の体内の24節気72候を調え、いのち豊かに季節を楽しみ、すこやかに過ごす工夫です。氣食は、季食なのです。

 その先人たちから数千年に渉って伝えられてきた氣食の智恵を、『氣食暦み』として、折々お伝えします。

 過日新暦立春の候、北陸白山麓の杜のお仲間のお家を拝借して養生塾の集いを行いました。その折りの氣食レシピをお送りします。

立春は、とうに過ぎておりますが、南北に長い日本列島、地域によってはまだまだ立春前後の候のところも在る事と思います。また、本来の太陰太陽暦(旧暦)では、旧2月4日(旧立春)は新暦では3月10日に当たります。この氣食レシピお役にたてば幸いです。

 氣食の組み立て方などは、追々ご説明します。先ずは、一品でも二品でも作ってご覧になってみて下さい。もっと詳しく知りたいと思われる方、養生塾にお出で下さい。氣食の風景を楽しんで頂けます。

 過日のレシピは下記の通りです。

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 [2019年立春養生塾氣食メニューと心]

腎の補氣を中心に、特に今年は乾燥が強く風邪が流行っていることもあり肺の氣の整え、季節の転換点ゆえ胃脾の氣の整え、また春を迎えるにあたっての肝の氣の調整。

夕食:

〇みぞれ鍋「きのこ、さといも、白菜、人参、大根、あげ等」

 冬の寒を体からとるにはやはり内から温めること、まずはお鍋で温めます。具材も根菜類中心で体を温める。

〇春菊のチヂミ風「春菊、芝エビ、じゃこ、小麦粉、茯苓」

 生薬の茯苓を使い、冬の間にたまったむくみ(水毒)をとっていく。エビ、じゃこは腎の氣の補いに。春菊の苦みは心の氣の調整

〇レンコンと玉ねぎの甘辛炒め「れんこん、玉ねぎ、鷹の爪」

 甘みで胃腸を癒し、辛みをうまく使い、肺に刺激を与え、氣の巡りをよくする。

〇大根とツナの豆乳あえ「大根、ツナ、豆乳」

 大根の甘み辛みと豆乳は、胃脾と肺の整えに。

〇カブの酢のもの「かぶ、人参、塩昆布、ゆず」

 酢のもので春の肝の気を整えていく。ゆずの黄色で色のバランスを。

〇みかんの炊き込みご飯「鶏肉、きのこ、人参、ごぼう、かんきつ類」

 炊き込みで甘みをとりつつ、かんきつ類で軽く酸味をとり、食欲を上げる。

〇デザート「さつまいも、りんご、シナモン」

朝食:

〇五穀米、具だくさん味噌汁、干物、お漬物、温泉卵

 全体に胃脾の働きが増すような食材を使い、味付けに腎の氣の塩味をとりつつ、全体を整えていく。

色は、赤、黒、黄、白、青をバランスよく食材で取り入れていく。

※写真は後日、アーカイブに掲載いたします。