杜のまなざし(40)

  ~『いのちの学校』開校~

 過日、東日本大震災から十年が間もなくという三月初旬、愛知県犬山市の森に囲まれた地で、『いのちの学校』開校の集いが、若い有志の強い思いによって実現した。


 午前中は、名古屋市内で講演会を催し、昼食後犬山の会場に移動して、一泊二日のいのちの学校は行われた。二十数名の参加者の大半は二十代の若者たちであった。

 コロナ禍のこんな時に、とお思いになる方も在るかもしれない。

しかし、このコロナ禍の先行きの見えない中だからこそ、東日本大震災をはじめ、災害の多発する今日だからこそ、私は殊に次世代の若者たちに希望の種を蒔く切実な『時』に直面していると思ってきた。

 無論、感染には出来る限りの配慮をし、講演会はオンライン参加の形式も若者たちの智慧で整えた。今回のこのパンデミックに対し、決して油断したり、おざなりな対応をしてはならない。だが、一方ただ怖れるばかりで、殊に若者たちを委縮させたり、閉塞感の中に置き去りにしてもなるまい。大人が、大人の責任において、次世代の若者たちにこうした多発する自然災害や、感染症へ立ち向かう勇気や、希望や、智慧を毅然と示し、共に生き方を模索する事こそ問われている。

残念ながら、世の指導者と任ずる方々の中には、唯右往左往して朝令暮改を繰り返す、とても毅然とした大人とは認めがたい人々も見受けられる。


 犬山の会場付近は、河川の流れ、丘陵の龍脈といい、なかなか優れた風水に恵まれた地であった。今回の企画準備に奔走して下さった優稀乃さん、葵さん、樹林気功の経験はまだ日が浅い方々だが、よくぞこの地を見出して下さった。

 あいにく、当日は天候気象に恵まれず、足元の悪い森の中に踏み入っての樹木さんたちとの交流は実現できなかった。しかし、その分一泊二日の短い時間ではあったが、参加者との有音、無音の言霊の交流、参加者有志の演奏による音の氣交流が行えた。


 三十年ほど前に、今回の若者たち同様、二十代初めの頃私を訪ねてこられ、共に樹林氣功を研鑽した樹伯さんと樹恩さんが、このいのちの学校開校に駆け付けて下さった。

夜は、フリースクールを主宰している樹伯さん、国際協力を実践している樹恩さんを囲んでそれぞれグループに別れ、熱心なやり取りが行われた。

若者たちから、たくさんの質問票を頂いた、その全てに答えるには少々時間が足りなかった。また、彼らの質問の中には、満点の星空の下、焚火を囲んでゆっくり語り合うのが望ましいものもあった。更には、ただ豊かな森にお連れして、共に樹木さんたちと交流をすることで答えが生まれるであろうものもあった。

 

 「次回は、杜に行きましょう。」が別れの言葉になった。若者たちの目の輝き、微笑みそして立ち去ってゆく彼らの後ろ姿がほこほこしている、それが何より『いのちの学校』提唱への有難い答えである。

                                         樹遷記


 ここに、今回の企画準備に核になって下さった二人の内のおひとり、あおいさんからその後お寄せ頂いた詩をご本人にお断りして掲載させていただきます。 



息してる、私

底なしの地に、根を張っていく

天へと向かい、ただ伸びていく

両腕の先の地平線まで、開いていくよ

感じてる、私

あらゆるいのちが、今日も燃えている

あらゆるいのちが、今日も消えていく

全てはひとつだと、思い出すよ

思い出す、私

身体を借りて

一粒の雫は降り立った

そんなあなたはわたし

そんなわたしはあなただね

大きな「いのち」の流れの中で

今日も我らは舞ってるよ

いのちのしずく

ひとつのゆらぎ

変わりゆく、その舞は

我らの繋がりだから

いのちに安心して

今日も、おめでとう                        あおい・詩

樹遷の養生塾

「樹遷の養生塾(じゅせんのようせいじゅく)」 積極的にいのちを養う知恵と生き方、日頃からの生き方の知恵と実践の体系をお伝えしています。 単に人の健康法といった短視眼的ものではなく、宇宙自然に活かされた存在としてのヒトのいのちを、自然の摂理のえにし・いのちひとつらなりとして自覚し、生きて行くためのコンパスと地図を認識、磨き深めて行く体現の哲学でもあります。

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