杜のまなざし(42)

 ~ウルトレイヤ!~

 30年来の朋から、今88ヶ所お遍路巡礼道を歩いていると便りがあった。

 人は、ある日ふと遊行の一歩を踏み出す。その一歩、更に一歩と歩み重ねていく内、いつの間にか遥かな旅路を刻んでいる。そして、いつの間にかその歩みの一歩一歩は祈りにも似たものとなっていく。

 巡礼路には、何世代にもわたり、数知れぬ人々が刻んだこのような歩みが祈りの響きとして残っている。

 

 かつて、ヨーロッパで生活していた頃、様々な念いを籠めて、遊行の一歩を踏み出した。世紀千年頃から歩かれて来たスペイン北西部ガリーシアのサンチャゴを目指す巡礼路である。もとより、世紀千年の頃の道が残っているわけではない。しかし諸所に巡礼路を示す野に置き忘れられた様な石の十字架、点在する野のお堂、かつて多くの道に行き悩んだ巡礼達が世話を受けたであろう修道院などを目安に古道を求めながら歩いた。

 パリのサンジャックの塔を起点に歩み始めた一歩は、その後、私の経路を丹念に地図上に調べ、その距離を導き出してくれた友人達によると8000キロ余となり、306日間の遊行となった。

 

 出来る限り、世紀千年の遊行に近づけたく、遊行の同行に一頭の馬を伴った。日々、新たな地平に向って歩いて行くというのは、それ自体なかなかのことである。しかし、現代の旅では、次の宿りの地に着けば、安全な宿があり、全ての便利が待っている。敢えて中世の旅人の体験に少しでも近づこう、彼らの旅の困難、苦労に少しでも近づいて見よう、その思いが一頭の馬を同行に選ばせた。一人で歩けば、我が事だけで足りるが、馬という同行がいれば、その同行の世話、餌を得るために農家を訪ね、土地の人と交渉して厩舎を紹介してもらい、時には同行と共に野宿を重ね、雪のピレネー山脈越えでは、互いに体を寄せて眠り、冬のレオン山脈では野生の狼と対峙しと様々な日々、体験を同行二人で積み重ねた。


 その千年以上にわたり巡礼達が歩いてきた巡礼路に伝わっている言葉がある。

 “ウルトレイヤ!”、「遥かな彼方へ!」とでも訳せようか。

 日々の旅路の困難に疲れ、時には折れ、或いは旅の途次の様々な誘惑に前に踏み出す一歩を見失い,留まってしまう、それは長途の遊行に巡礼が陥りがちな罠である。そうした巡礼達に、更に遥かな地平へ、歩みを進め、祈りを深め、巡礼をできない私たちの為にも祈ってください。という人々の念いがこの呼びかけに込められている。

 

 現在、お遍路途上にある朋よ、“ウルトレイヤ!”。そして、つつがなき旅路を。

                          樹遷記

 追記

 40年以上前に行ったこのサンチャゴ・デ・コンポステラを巡る遊行については、敢えてあまり多く語って来ませんでした。半世紀に近い時間の流れた今日、この遊行を語りだす時が満ちたと感じています。近々、『時の旅人』というホームページを作成して、そこにこの306日間の遊行や、その他の旅の物語を載せることにしました。この、『樹遷の養生塾』と共に、ご愛読下さい。

樹遷の養生塾

「樹遷の養生塾(じゅせんのようせいじゅく)」 積極的にいのちを養う知恵と生き方、日頃からの生き方の知恵と実践の体系をお伝えしています。 単に人の健康法といった短視眼的ものではなく、宇宙自然に活かされた存在としてのヒトのいのちを、自然の摂理のえにし・いのちひとつらなりとして自覚し、生きて行くためのコンパスと地図を認識、磨き深めて行く体現の哲学でもあります。

0コメント

  • 1000 / 1000