杜のまなざし(9)

「養生塾の風景」②

 養生塾第2回は、年明けの1月、1泊2日の塾であった。

石川で何十年振りという大雪の中、キャンセル続出。樹遷さんも福岡からの飛行機が着陸できず、雲間からちらりと機影はみえたものの小松上空を旋回し、福岡に戻ってしまった。翌日、列車を乗り継いで何とか金沢にやって来られた。そんなハプニングだらけの中での開催だった。

しかし、終わってみれば、大成功。塾の会場は、公共の研修所だったが、大雪のお陰で私達のグループのみ、真っ白な雪化粧の中、本当に皆の心が一つになる二日間だった。

2日目の朝、太陽が白銀に差し込み、養生塾を天が祝福して下さっているよ、とつぶやかれた樹遷さんのお顔が忘れられません。

養生塾は、毎回何をするというプログラムがありません。参加者の顔ぶれや、当日の天候、皆の氣を観て、臨機に樹遷さんが進めて下さいます。

日々の暮らしの中で養生の智恵を育んでいって頂きたいという樹遷さん。一緒に生活を共にする事で、樹遷さんの生き方、息の仕方、ものの観方、接し方などなどを学べるのが魅力なのです。

この時の大雪も、主催するものとして慌てふためいていたのですが、樹遷さんの少人数で一人一人を大切にする会にしなさいと天が云って下さっているんだねと語って下さる言葉、そして降り積もる雪を穏やかに見つめる姿、そこからも色々なことが学べるのです。

 東洋では、昔から学びたい師匠を訪ね、生活を共にする事で、知識だけではなく、人柄や生き方といった人間とその知恵を学び取っていくことが大切にされてきました。この養生塾は、ある意味、養生の生き方、智恵を体現されている樹遷さんというお師匠さんと共に時間を過ごすことで、知識では身につかない、真の養生の智恵を身につけていく道場のようなものではないだろうか、この合宿を通して一番に思ったことでした。

 昔からのやまと言葉はとても大切ということで、初日の夜には、小正月ということで、百人一首のかるた取りをしたのですが、あれから参加者の皆さん、日本の歴史や、昔の人の生き方に関心を持ったと、古典を読み始める方も。

自然と共に生きていた昔の日本人に関心を持つこと、これも養生の道に通じる窓口です。

 事始めの合宿。雪に閉ざされていた事もあり、本当に凝縮した、そして皆の心が一つになった素晴らしいスタートとなりました。この時の参加者たちが、その後も全員フル参加なのも、きっとこの始まりの会で、何か本質的なものを感じたからではないでしょうか。参加者が書いて下さった感想文には、「言葉にはならないが、今回とても大切なことを」、そして「こんな穏やかな心をもてたこと」、「昔からみんなお友達みたいな」と、養生塾の基本の風景を美事に表現して下さっていました。

 養生塾では、樹遷さんの体現されている養生の智恵を、共に生活する中で、自ずから体感できます。しかし、それは何一つ強制されるものでは有りません。

何を学び、何を体解するかは、一人一人の自由に委ねられています、また、参塾者一人一人の提案や、生き積み重ねて来られた智恵も受け止められ、参加者皆の智恵として織り成されていきます。学びは、双方向であり、真の学びは自由自律にいたるからです。(続く)  樹伯 記

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