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記事一覧(6)

杜のまなざし(12)

 「樹恩」  樹恩と言う言葉を、お教え下さったのは柏樹社の中山社長だった。樹医の山野忠彦翁も樹恩という表現をしておられた。 1990年柏樹社より出した『愚者の智恵』あとがきを少し長くなるが、引用させて頂く。 「人類中心的価値観は、人類以外の存在がコミュニケーション能力を持ち、ましてや判断力を持っているということを、永い間、容認することが出来なかった。人類の持つこうした認識の枠組みの狭さがどれほど多くの事実に対して私たち自身を盲目にしてしまっていることだろう。 みどりがなければ、私たちはこの惑星上に今あるような形では存在しなかっただろう。地球上にみどりが発生して以来の、長い長い歴史の中で我々は育まれてきた。その間、意識する、しないにかかわらず、みどりと交流しながら、私たちは人類というものにまで至ったのである。いまや、私たちは、このみどりと交信し、理解し合い、癒し合うことができるかどうか問われている。」 30年近く前の文章である。この本発刊当時、「ロマンですね」と鼻先であしらわれることが多かった。 ステファノ・マンクーゾという研究者がいる。イタリア、フィレンツェ大学農学部教授、国際植物ニューロバイオロジー研究所の所長でもある。この植物の『知性』研究の第一人者の研究成果は、これまでの人間中心主義の生命観、価値観を大きく転換するものである。脳も無い植物に知性がある!?と大半の方は反応されることだろう。 「知性」という言葉を、『問題を解決する能力』と定義できるとしたら、植物は知性をもっているだけではなく、その知性は輝かしく素晴らしいものであることをマンクーゾ氏は、その研究成果を持って証明している。こうした植物の知性について定量データに基づいて初めて科学的に示したのは、チャールズ・ダーウィンである。 植物の知性に関するマンクーゾ氏の成果についてお知りになりたい方は、氏の著書“Verde Brillante”の翻訳「植物は<知性>をもっている」をお読みください。 ここでは、マンクーゾ氏も著書で触れている別の事実を述べておきたい。地球上のバイオマス(個体の総数ではなく、生物の総重量)のうち、多細胞生物の99.7%は、人間ではなく植物が占めている。人間と、全ての動物を合わせてもわずか0.3%に過ぎない。 マンクーゾ氏も指摘している。「われわれこそが地球の支配者であり、地球を自在に操る力をもち、ほかの種よりも大きな権利をもっている」という人間の思い上がった考えと、この事実の矛盾を。 「植物は、私たち人間がいなくても、なんの問題もなく生きることができるのに、私たちは植物なしではたちまち絶滅してしまう。」というこの植物学者のつぶやきも、それを真に理解しているのは人間たちではなく、植物たちなのかも知れない。 私たちは、植物に依存して生きている。樹恩、草恩、もろもろの緑恩に深く頭を下げる他ない。 樹遷

杜のまなざし(11)

「養成塾の風景」④ 第4回養成塾は、再び初回に合宿した金沢の郊外、今回は六月初夏の候、前回と打って変わって、豊かな緑がみんなを迎え入れてくれました。 『氣の家族』ということを、樹遷さんはよくおっしゃるのです。「これ迄は、血縁、地縁の中で人々は生きてきたが、これからは氣縁というものが大切になってくる」と30年前、最初にお会いした頃から語っておられた。氣縁によって生み出される場、その居場所が人生を豊かにするんですというお話。正に、それを感じた養成塾でした。参加者みんなが来ると異口同音に、ただいまー!で始まるんです。 自他の区別がなく、皆昔から兄弟だったような。オープンな、互いにいたわり、いつくしみ合う関係が、共有する時間の隅々に自然と見えるのです。家族や地域、職場でもなかなかこんな関係は見られません。 「これから日本は、多くの人々が、孤立化していく。そんな時代の流れ、氣を縁として、絆を育てていける場を、今作る必要が目前にあります。」と、養成塾の冒頭に樹遷さんが語られていたのですが、その意味がこうして見えてきた気がしました。 『下医は病を治す、中医は人を治す、上医は知らずして時代を治す。』その様な言葉が、東洋医学の伝承にはありますが、正にこの養成塾は、20年後の孤立化の深化した日本社会を癒し、治していく、最初で、そして本質的なムーブメントになるなと、そのために樹遷さん、今、この養成塾を始められたんだなと、お世話役をしていてやっと見えてきました。 初回からの連続参加の皆さん、人はこんなに短期間で、こうも変わるのかと、ある意味驚きの連続。表情が、立ち居振る舞いが、言動が。氣が変わってきたということなのでしょうが、皆本当に穏やかで、呼吸も深く、そして何より周りへのまなざしがとても優しくなっているのです。 養成塾は、いのちを養うということ、先ずは自分のいのちを養う=すこやか、という風に考えがちです。私も当初はそんな理解だった様に思います。けれども、季節毎の養成塾開催を重ねる、その都度、樹遷さんから季節の変化の味わいや、自然を大事にしてきた日本人の文化の深さ、そして諸々のいのちと交流することの楽しさなどを、知識ではなく、生身で教わり、体感しているうちに、私たち一人一人の、自然と共に暮らしてきた先祖からの眠っていた「遺伝子」が目覚めたのでしょうか。「自然と共にある我がいのちが愛おしい」、そんな言葉を参加者から聞くようになりました。 この回は、最終日に参塾者以外の、一日参加の方々も含め、杜のまなざし塾が組まれて医王山の杜に入らせて頂きました。その杜で皆さんが佇む風景は、まさに、自然と共にあるいのちの豊かさ。『ひとつらなりのいのち』という言葉を体感し、そこにあるすこやかさを味わったひと時だった様に思います。 今回は、塾を支える裏方として、男女の若者が初参加してくれました。彼らの働き、この間の成長ぶりにも深く感動し、喜びで一杯になりました。その彼らの姿を見ながら、参加者の皆さんが、「いのちを養うとは、自分1人が元気になることではなく、人々のいのちが豊かにはぐくまれること、皆が穏やかに安らげるようになる生き方、更に付け加えるなら、人のみならず、自然界全てのいのち達とも豊かに生きあっていけるような生き方を身につけること、そのような「まなざし」を持てるようになること。それが、養生(ようせい)の思想、念い、哲学ではないだろうかと。 『いのちは常に双方向(でもあり総方向でもある)。』樹遷さんは常々こう述べられています。養成塾も、樹遷さんと参塾者の一方通行の関係ではなく、参塾者間、参塾者から樹遷さんへと、こうして思いや、知恵のやり取り、紡ぎあいのある場でもあるのです。「一番学ばせて頂いているのは私だろう」と樹遷さんはおっしゃいます。 この文章を書くにあたり、改めて樹遷さんの書かれた「樹遷の養成塾」という文章を読み返して見ると、そこに既に書かれていました。『宇宙自然、もろもろのいのち、自然の摂理、いのちひとつらなりを認識し、深めていくなまみの哲学、その体現。』と。当初は、この文章の意味を、私は頭でしか理解していなかったのですが、一連の養成塾にお世話役として、参塾者として参加してきた今、この文章の意味、養成塾の目指すところがはっきり見えてきた気がしています。 全てのいのち達と、豊かに、そしてすこやかに癒しあっていく喜びと安心、信頼の生き方、東洋的に言えば、『道』でしょうか。養生(ようせい)の道、それは自然の一部としての自分を体感、認識し、謙虚に微笑み一杯に人生を生きていくこと。今、この間の体験を通して、私の魂に湧いてきた言葉です。 今後、養生塾には、生育老病死、様々ないのちの風景にある方々が参加されることと思います。それぞれが今を大切に、共に癒しあって、すこやかに生きあっていける、氣縁の居場所。自然に寄り添い、全てのいのちを敬い、いのちの波に逆らわず、老い、病、死さえも尊く受け入れていける場。いのちひとつらなりという、いのちの本来が当たり前のこととして語られ、その様に暮らしていく生き方を深められる場。 この養生塾が、これからの日本、否世界において必要とされ、大事なものと学ぶ人々が増えてくることを確信しています。その始まりが、私が生まれ育った、この石川から始まることに喜びを感じています。終わりに、こうしたご縁を頂いた樹遷さんに改めて心からの感謝をお伝えし筆を置きます。 お読み頂いた方に、少しでも養生塾の風景が届けられたら、有難く思います。樹伯 記

杜のまなざし(10)

 「養生塾の風景」③第3回養生塾は、前回とは趣の異なる街中の公共施設での開催。『氣食』がテーマに。食息動想を整える事は、すこやかないのち調えの基本。 養生塾では、季節毎のいのちの調整、「四季調整」を樹遷さんと過ごす時の流れの中で学んで行きます。中でも、食による整えは、季節の変化、自然の恵みに感謝しつつ、東洋医学の五味五性のバランスを図り、日々の食材で氣をすこやかに巡らせ、季節に寄り添ったいのちつくりの知恵の粋を集めたものです。 養生塾の毎回の食事は、樹遷さんからメニューのヒントや、アドバイスを頂きながら、この氣食を参加者みんなで工夫しながら一緒に作ります。今回は、改めてこの氣食の考え方、基礎理論を講義して頂き、参加者皆、成程と各々の日々を思い返して、東洋の知恵に感じ入りました。ただの理論知識ではなく、この氣食も含め、お伝え頂く息、動、想、わずか2日間の合宿で、からだに心に毎回変化があるのが、日々活かせる知恵として体にすとんと納得の行く、体得が凄いです。『氣』って、本当に不思議とは、参加者のご感想。 養生塾は、病気治しが主眼ではありませんが、この度は癌をお持ちの方々もご参加頂きました。様々な体験を経てこられた樹遷さんの語られる言葉の中に、「すこやかに生まれ、すこやかに育ち、すこやかに病み、すこやかに老い、すこやかに死す」があります。最初の二つは、誰しも思う事ですが、老病死にすこやかにということは思い至りません。しかし、老病死もいのちの波。波だからその揺らぎの中にあるいのちを愛おしく、静かに受け止める。その中にすこやかないのちの風景はある。こうした樹遷さんのお話は参加者の心に深く響いたようです。 この会は繰り返しになりますが、治病でも、気功の技を身に着けることでもありません。気功や、氣食はあくまでも一つの手立て。その様な手立てを借りながら、すこやかに、他のいのちと共に生きていける知恵を、自然から学ばせて頂こうという謙虚な道なのだということ、参塾を通して思うところです。(続く) 樹伯 記*養生塾は、随時どの会からも参加可能です。また、宿泊参加が難しい方は、日帰り参加も可能です。尚、今年は、10月5日~7日第5回養生塾、7日午後いやしあいの会、8日杜のまなざし塾を行いますが、12月にも第6回が予定されています。 また、来年は、北陸養生塾は、年6回以上開催を予定しています。詳細は、Tel:090-2039-4390 担当 樹伯までお問い合わせください。

杜のまなざし(9)

「養生塾の風景」② 養生塾第2回は、年明けの1月、1泊2日の塾であった。石川で何十年振りという大雪の中、キャンセル続出。樹遷さんも福岡からの飛行機が着陸できず、雲間からちらりと機影はみえたものの小松上空を旋回し、福岡に戻ってしまった。翌日、列車を乗り継いで何とか金沢にやって来られた。そんなハプニングだらけの中での開催だった。しかし、終わってみれば、大成功。塾の会場は、公共の研修所だったが、大雪のお陰で私達のグループのみ、真っ白な雪化粧の中、本当に皆の心が一つになる二日間だった。2日目の朝、太陽が白銀に差し込み、養生塾を天が祝福して下さっているよ、とつぶやかれた樹遷さんのお顔が忘れられません。養生塾は、毎回何をするというプログラムがありません。参加者の顔ぶれや、当日の天候、皆の氣を観て、臨機に樹遷さんが進めて下さいます。日々の暮らしの中で養生の智恵を育んでいって頂きたいという樹遷さん。一緒に生活を共にする事で、樹遷さんの生き方、息の仕方、ものの観方、接し方などなどを学べるのが魅力なのです。この時の大雪も、主催するものとして慌てふためいていたのですが、樹遷さんの少人数で一人一人を大切にする会にしなさいと天が云って下さっているんだねと語って下さる言葉、そして降り積もる雪を穏やかに見つめる姿、そこからも色々なことが学べるのです。 東洋では、昔から学びたい師匠を訪ね、生活を共にする事で、知識だけではなく、人柄や生き方といった人間とその知恵を学び取っていくことが大切にされてきました。この養生塾は、ある意味、養生の生き方、智恵を体現されている樹遷さんというお師匠さんと共に時間を過ごすことで、知識では身につかない、真の養生の智恵を身につけていく道場のようなものではないだろうか、この合宿を通して一番に思ったことでした。 昔からのやまと言葉はとても大切ということで、初日の夜には、小正月ということで、百人一首のかるた取りをしたのですが、あれから参加者の皆さん、日本の歴史や、昔の人の生き方に関心を持ったと、古典を読み始める方も。自然と共に生きていた昔の日本人に関心を持つこと、これも養生の道に通じる窓口です。 事始めの合宿。雪に閉ざされていた事もあり、本当に凝縮した、そして皆の心が一つになった素晴らしいスタートとなりました。この時の参加者たちが、その後も全員フル参加なのも、きっとこの始まりの会で、何か本質的なものを感じたからではないでしょうか。参加者が書いて下さった感想文には、「言葉にはならないが、今回とても大切なことを」、そして「こんな穏やかな心をもてたこと」、「昔からみんなお友達みたいな」と、養生塾の基本の風景を美事に表現して下さっていました。 養生塾では、樹遷さんの体現されている養生の智恵を、共に生活する中で、自ずから体感できます。しかし、それは何一つ強制されるものでは有りません。何を学び、何を体解するかは、一人一人の自由に委ねられています、また、参塾者一人一人の提案や、生き積み重ねて来られた智恵も受け止められ、参加者皆の智恵として織り成されていきます。学びは、双方向であり、真の学びは自由自律にいたるからです。(続く)  樹伯 記

杜のまなざし(8)

 2018秋丁度一年前の秋、北陸で養生塾の言挙げをした。以来、回を重ねこの10月には、第5回の養生塾が行われる。北陸養生塾の塾頭樹伯さんから「養生塾の風景」という文章が送られてきた。私のエッセイではないが、杜の木魂の響きとして、ご本人の了解を得て、文章に多少手を入れさせて頂き、ここに4回に分けて、掲載させて頂く。 「養生塾の風景」① 養生(ようせい)の念いを伝えたく思う。樹遷さんから提案された。養生(ようじょう)=予防医学!? そんな考えが頭をよぎった。そんな私を観てか、樹遷さんいわく、養生(ようせい)とは、病にならないためという消極的健康法ではなく、積極的にいのちを活かし、また自分のいのちだけではなく、森羅万象、自然界のすべてのいのちが豊かに育まれていく智恵なんですと。 面白そう! 具体的にどんな風になるのかは想像できなかったが、今までの樹遷さんとのお付き合いの中で、何かこれが集大成のような気がして、養生の風景が見てみたい! 石川から始めましょうと、2017年の秋養生塾がスタートした。 事始め、第1回目は、秋晴れの金沢市内の公園にて。養生の念い、人と人が癒しあえるということ、そして自然ともひとつながりでいのちはあるというお話を交えつつ、生身で味わいましょうと、氣の交流などを行った。残念ながら私は所用でその会には参加できず、後で参加者からの感想やビデオでしか様子が窺えなかったのだが、「なんかほのぼのできた」、「体が軽くなった」、「人とこんな風に交流できるんだ」などなど。有難い感想ばかり。実際、ビデオで見る参加者の表情が本当に穏やかで、幸せそうなのだった。何か、これからの生き方に大切なものを学んだ気がするという参加者の感想が、次回開催に向けての自分の力となった。 (続く)   樹伯 記※10月の北陸養生塾開催日程  10月5日(金)~7日(日)上記日程前後に、10月4日(木)18:30より19:30しずく塾10月7日(日)夕方より癒しあいの会10月8日(祝)杜のまなざし塾を、開催します。詳細は下記へ。090-2039-4390 担当:樹伯

杜のまなざし(7)

 「悼惜」 今春、立て続けに友人、知己を見送った。90歳の長寿を全うされた、被災地で知り合った「友人」。一方で、10代のこれからという希望に満ちたいのちを事故で失った。その死の数日前に、電話でこれからの希望や、計画、夢を楽しそうに語ってくれた矢先の不慮の死であった。また、東日本大震災の被災地で、本人自身被災者でありながら、私達ボランティアと共に被災地支援の地域リーダーとして一緒に汗を流した40代の一家の大黒柱、コミュニティの柱でもあった友人、何の言葉も遺さず逝った。彼のみならず、50代の友人二人もそれぞれ自死を選んだ。 私自身は、様々な現場で死を看取ってきた。荘厳な死もあった。悲惨な死にも出会った。どんなに死に逝く人を送る体験を重ねても、他者の死に慣れる事はない。 現代では、「服喪」と言う慣習は忙しすぎる日々の中で形式化し、忘れ去られがちとなっている。礼の根本として、「服喪」を重んじた孔子は三年間の服喪の儀礼を大切に説いた。一方では、形式だけに囚われた服喪のあり方は戒めている。今日、3年間の服喪は余りにも非現実的かも知れない。しかし、喪に服するとは、心の中で死者と親しく対話し、逝った者の不在を悼惜(悲しみ、惜しむ)する時間とするならば、こうした心の時間は大切にしたいものである。 この春に逝った友人たちの初盆を祀った。間も無く、秋の彼岸。この時間の流れ、逝った人々との対話を静かに続けることにし、一切の講演、文章の発表を控えた。このエッセイ「杜のまなざし」もその様な思いで暫く発表を差し控えた。一方、この間、大阪北部地震、西日本豪雨被害、そして北海道胆振地方の地震と災害が続いた。その現場の支援活動だけは、死者の赦しを得て、現在も北海道の現場に身を置いている。 ともすれば、「科学的思考」に馴らされた私達は、死は物質の消滅と思い込まされてはいまいか? 「死は見ることの完成形だ」という言葉がある。人生の一部を共にした方々との悼惜の対話は、嘆き悲しみに止まることなく、その対話を通していのちの風景の深みを見る大切な時間であろう。服喪をないがしろにしてはならない由縁ではなかろうか。 養生(ようせい)の思想は、いのちの風景としての死も愛おしく、大切に包摂していく。   樹遷